京都市民新聞によると、7月23日に人権大学講座と称して、韓国民潭寄りの出鱈目な認識であると思はれる「朝鮮通信使のユネスコ遺産登録」といふものが開催されますが、その問ひ合はせ先が京都市人権文化推進課になってゐるので質問と要請をしました。


既に、京都朝鮮学校への補助金停止を求める訴訟や京都朝鮮学校と京都市の共謀による勧進橋公園不法占拠事件等の訴訟を抱へ、来月には京都法務局人権擁護課によるヘイトスピーチでっち上げ事件の国賠訴訟も提起します。

又、朝鮮学校長は拉致実行犯だと公益性のある事実を述べたら名誉毀損で起訴された件の刑事裁判も始まってます。

よって、引き続き西村齊の活動に共鳴される方の御支援をお願ひします。最近は、司法政治活動といふ地味な活動ではありますが、必ず、公益、日本国の為に尽力しますので宜しくお願ひします。
そして、今まで多大なご支援を頂いた同志、支援者の方に感謝を申し上げます。

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●本文

京都市民新聞よると、7月23日に人権大学講座として「朝鮮通信使のユネスコ遺産登録」といふものが開催されますが、その問ひ合はせ先が京都市人権文化推進課になってゐるので質問と要請をします。

1 朝鮮通信使といふものは、日本へ朝貢するために来てゐたものであり、日本の将軍が交代する毎に、贈り物を持って朝鮮と江戸を往復したといふのが真実です。

2 韓国の歴史教科書には、江戸時代に、朝鮮から来日した朝鮮通信使は、徳川幕府が経済的に困窮に陥ったために、先進文物を取り入れようと、李氏朝鮮王に懇願して招いたものだった?

日本は朝鮮を文化の先進国と考へ、使節を派遣するやう要請してきた?

これに対し朝鮮では通信使を派遣したが、その一行はおよそ400余人になり、国賓として待遇を受けた?

日本は通信使の一行を通して先進学問と技術を学ぼうと懸命であった?

したがって通信使は外交使節としてだけでなく、朝鮮の先進文化を日本に伝播する役割も果たした?と書いてますが、実際には「技術を学ぶのに苦労してゐた」のは、日本ではなくむしろ朝鮮の方です。

又、朝鮮通信使をさして、「日本に儒教をはじめ、さまざまな文化や技術を伝承した」と書いてゐる教科書がありますが、残念ながら、朝鮮通信使が日本に文化を伝へた等といふ事実は全くありません。

3 実際の朝鮮通信使とは「民度の低い盗人集団」でした。

江戸時代、大名たちは、家の格を守るために幕府に忠誠を尽くす必要がありました。

戦争があれば武功で忠義を示すことができます。

しかし、江戸時代は戦争がない時代です。大名たちは、幕府の為に熱心に朝鮮通信使を接待しました。

江戸への旅で、過剰な接待を受け続けた朝鮮通信使の一行は、甘やかされた子供のやうに、躾をしてゐない犬のやうに、どんどん傲慢になり、有頂天になって傍若無人な態度をとるやうになってゐきました。

それは、最早、今でいふ不良中学生の修学旅行のやうな一行でした。

宿泊施設の旅館では、部屋にある布団から、花瓶や、食器、掛け軸まで盗まれました。

朝鮮通信使が去った後の部屋は、まさに「引っ越した後の空き家」状態になったのです。

4 「朝鮮通信使」の真実を知る資料として『日東壮遊歌』といふものがあります。

金仁謙「日東壮遊歌」

当時の朝鮮人官僚が見た率直な日本への感想が書かれてゐる。

●1764年1月22日 大阪

100万軒はあると思われる家の全ては「瓦の屋根」だ。凄い。

大阪の富豪の家は「朝鮮の最大の豪邸」の10倍以上の広さで、 銅の屋根で、黄金の内装だ。

この贅沢さは異常だ。

都市の大きさは約40kmもあり、その全てが繁栄している。信じられない。

支那の伝説に出てくる楽園とは、本当は大阪の事だった。

世界に、このように素晴らしい都市が他にあるとは思えない。

ソウルの繁華街の1万倍の発展だ。

北京を見た通訳が通信使にいるが、「北京の繁栄も大阪には負ける」 と言っている。

穢れた愚かな血を持つ、獣のような人間が中国の周の時代に、この土地にやってきた。

そして2000年の間、平和に繁栄し、一つの姓(つまり天皇家)を存続させている。

嘆かわしく、恨めしい。

●1764年1月28日 京都

街の繁栄では大阪には及ばない。

しかし倭王(天皇)が住む都であり、とても贅沢な都市だ。

山の姿は勇壮、川は平野を巡って流れ、肥沃な農地が無限に広がっている。

この豊かな楽園を倭人が所有しているのだ。

悔しい。

「帝」や「天皇」を自称し、子や孫にまで伝えられるのだ。

悔しい。

この犬のような倭人を全て掃討したい。

この土地を朝鮮の領土にして、朝鮮王の徳で礼節の国にしたい

5 「朝鮮通信使」の真実を知るヒントとして『鈴木伝蔵事件』といふものがあります。

明和元(1764)年4月6日のできごとです。この日の昼、大阪の長浜の荷揚げ場で、朝鮮通信使の中の下級役人のひとりが、鏡を失くしたと突然騒ぎ出したのです。通信使の都訓導(中級官人)の崔天宗という者が、これを咎め、「日本人は、盗みの仕方が上手だ」と、悪口を言いました。

このとき、朝鮮通信使たちの通訳をしていた対馬藩士の鈴木伝蔵は、自分で落して失くしたのか、盗られたのかもまだわからないうちに、日本人を泥棒呼ばわりするのはけしからんと、崔天宗にこのときとばかり、「あなたは日本人のことをそのように言うが、あなた方は食事の際に出た食器や飾りの品々を、勝手に持ち帰っているではないか。これをどう思うのか」と言い返したのです。

すると鈴木伝蔵に痛いところを突かれた崔天宗は、突然火病を起こして怒り出し、人々が見ている前で、鈴木伝蔵を杖で何度も打ち据えました。

鈴木伝蔵は、自分はあくまで通詞(通訳)であり、朝鮮通信使たちをもてなす立場です。だからその場では、我慢しました。けれど、下級武士とはいえ、武士は武士です。杖で打ち据えられて、ただ黙っていたのでは、武士の一分が立ちません。思いつめた鈴木伝蔵は、その夜、崔天宗の喉を槍で突き刺して殺害し、奉行所に自首し、切腹しました。

6 「朝鮮通信使」の行為は現代にも通じます。

昨今の対馬には韓国人観光客が大勢やって来ますが、例へばタクシーで、降りるときに料金を払はずに走って逃げてゐく。あるいは、料金を払っても、その支払ひの際に、五百円玉とそっくりの五百ウォンを混ぜる。

その場で気づいて、注意しても、何事か大声で喚き散らして、泣き寝入りさせられてしまふのが多い。

7 日本では「朝鮮通信使」の真実が捏造されてゐます。

図書館で「朝鮮通信使」関係の図書を検索すると、大半が在日の朝鮮韓国人の著作です。1970年代から、在日の朝鮮韓国人の間で朝鮮通信使の研究が始まり、1990年前後に朝鮮通信使ブームが起きた。

当時、研究において先行してゐた在日の朝鮮、韓国人たちが必死になって、朝鮮通信使の本を出しまくってゐました。

どの本を読んでも一貫して韓国人らの主張は、次のとほりです。

1.朝鮮通信使は江戸時代における日韓友好の証である?

2.朝鮮通信使は、朝鮮の先進文化を日本に教へてあげた?

3.日本人は、朝鮮から来た人々を尊敬の念を持って熱狂的に歓迎した?

といふやうな第一次資料に基づかない捏造の話です。

8 「朝鮮通信使」を『世界記憶遺産』に登録しようとする意図とは?

韓国が持ちかけて来た捏造朝鮮通信使の世界記憶遺産登録は、まさに韓国人や韓国民潭や在日韓国人の「自尊心」と「優越感」を世界に刷り込むための策略です。

劣ってゐたとする日本に、優秀な韓国が文化と文明を教へてあげた?と。

韓国側が主張したいのは「いかに朝鮮がその当時文化文明に秀でてゐて、それを後進国日本に乞はれて、教へに来てやったか」といふ大嘘です。

韓国の嘘に加担する日本の自治体が余りにも多い。

9 日本人が「朝鮮通信使」に対して無知であるといふ悲劇

韓国人や韓国民潭や在日韓国人が朝鮮通信使を再現するパレードを日本各地で主催する行為には、「歴史的な文化先進国の朝鮮と文化劣等国の日本」といふ歴史認識を日本に広める意図が込められてゐると指摘する識者もゐます。

朝鮮通信使を日本側から考へたら、絶対に友好には結びつきません。

朝鮮通信使は、単なる朝貢団で平和の使節などではありませんでした。

朝鮮通信使の実態をきちんと学べば、お祭り騒ぎにして持ち上げる事がいかに日本を傷つけ貶める事になるか解ります。

以上が簡単にまとめた「朝鮮通信使」の真実です。

下記が質問と要請です。

1 前記1から9までの資料を参考に、京都市民新聞にて、7月23日に人権大学講座として開催される「朝鮮通信使のユネスコ遺産登録」といふものの問ひ合はせ先に京都市人権文化推進課になってゐる事について、その是非を検討して下さい。

2 京都市人権文化推進課の「朝鮮通信使」に対する認識を回答下さい。

3 万が一、私が記した前記1から9までの事実が虚偽や捏造であるので是非を検討しないといふのであるならば、韓国や韓国民潭や在日韓国人が主張する「朝鮮通信使」についての認識が真実だといふ第一次資料を提示ください。

回答は平成30年7月20日までに必ず回答下さい。